がん治療の道しるべ:患者視点で考えるがんゲノム医療
Vol.3 普及するために患者ができること

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このシリーズでは「がんゲノム医療」について「治療薬探索のための遺伝子プロファイリング検査に基づく医療」と定義します。

がんゲノム医療の普及に向けて患者自身が取り組めること

まず取り組めるのは、わかりやすい情報発信
関係者が協力して地道に広めることが大切

──第2回では、がんゲノム医療の普及に向けた課題について議論を重ねる中で、患者さんに対する情報提供のあり方、健康保険適用の基準、検査費用の負担、実施医療機関へのアクセスと質のバランス、患者さんの人権擁護など、さまざまな課題が幅広く挙がってきました。第3回となる最終回では、こうした課題を一つでも多く解決するために一人ひとりの患者さんや患者団体、患者支援団体にできることについて話し合っていきたいと思います。みなさん自身は課題の解決に向けてどんなことに取り組めると思っていますか。

 

長谷川 がんゲノム医療の普及に向け、国や医療提供者は注力されていますが、患者側からも応援していきたいと思っています。私たち患者団体にできることはいくつもあります。まず取り組めるのは、がんゲノム医療に関する情報発信です。当団体が実施した意識調査からも明らかなように、患者さんは自分がよくわからない治療には興味がないのです。なかには、理解しようとせずに通り過ぎてしまう人もいますので、「自分の命のことだから、もっと関わってほしい」というメッセージを伝えながら、市民公開講座や患者団体の広報活動などを通して、がんゲノム医療にかかわる情報を積極的に発信していきたいです。また、その中で特定の遺伝子変異に対する治療を決定するために行うコンパニオン診断と遺伝子スクリーニングのためのがん遺伝子パネル検査の違いなどについても、理解していただけるよう努めていきたいと考えています。

 

浜田 私たちの活動はブログでの発信が主です。現在、ACC(腺様嚢胞がん)の患者団体は当団体しかないため、会員以外の患者さんにもブログを読んでいただいており、多い日では1日に3000ほどのアクセス数があります。小さなことかもしれませんが、正しい情報を発信できるように私自身ががんゲノム医療についてきちんと理解し、この医療を必要とする患者さんの受療行動に役立つような情報を継続して届けることを心がけていきたいと思っています。

 

楠木 私にできることも講演会やSNSを通してがんゲノム医療について発信することですが、一般にはなじみのない言葉なので、概念とともに言葉そのものを知ってもらう努力が重要だと思います。誰にでも理解してもらえるようにわかりやすい表現を心がけ、関係者が協力して地道に広めていくことが大切です。

必要な人が適切なタイミングで治療を受けられるためにできること

がんゲノム医療を実施していない病院でもこの治療が医師と患者さんの話題になるのが理想

──必要な患者さんが適切なタイミングでがんゲノム医療を受けられるようにするために私たちにできることはありますか。

 

楠木 私は小児がんになったら最善の治療を受けられるよう小児がん拠点病院を受診してほしいと伝え続けてきました。「病気になったとき、どこに行けばいいですか」「名医はどこにいますか」と患者さんやご家族からよく聞かれます。がんに関してはがん対策基本法に基づき、がん診療拠点病院が整備されていますし、そこに併設されているがん相談支援センターでは地域の患者さんやご家族の相談にも対応してくれます。
このような機関においてがんゲノム医療に関する相談が増えていけば、それだけニーズがあると見なされて国も基準や対策を見直し、改善する方向に動いていくのではないでしょうか。まずは、法整備された既存の仕組みを患者さんやご家族に周知し、十分に活用していくことが適切なタイミングでがんゲノム医療を受けられるようにするためには重要であると考えます。

 

長谷川 患者さん一人ひとりががんゲノム医療についてもっと話題にしていくことが大切ですね。そのためにも、がんゲノム医療に関する正しい知識の普及を推進させていかなければならないと改めて思います。

 

浜田 同感です。がんゲノム医療を実施していない病院の診察室でも医師と患者さんの間で当たり前のように会話されることが理想です。そのような環境になれば必要な時期にがんゲノム医療を実施している病院にスムーズに紹介されるようになり、何よりも患者さんが見通しや希望をもって、治療に臨めるようになると思います。同時に個々の声を拾い上げ、国や医療機関に伝えていくことも患者団体にできることだと思います。

 

楠木 今日のお話を伺っていると医療者である私よりも長谷川さんたち患者さんのほうががんゲノム医療についてよくご存知だと思いました。臨床の場でも自分の遺伝子変異に関して「最近、新しい論文が出ましたよね」と質問する患者さんもいると聞きます。患者さんの知識量が増えれば増えるほど医療者もうかうかしていられませんから、がんゲノム医療への取り組みもより進展してくるかもしれません。

患者さんが「自分ごと」として医学研究に参画していく時代へ

がんゲノム医療によりがんの概念が変わる中、患者さんにも価値観の転換が求められている

長谷川 患者自身が情報を発信したり、対策を求めて社会的な行動をとったりする際、「当事者」「自分ごと」という言葉がキーワードになってくると思います。つまり、「自分ごと」として物事を捉えられる当事者こそが最も的確に課題を伝えることができ、そのことに対して改善してほしいと強く言える立場でもあるからです。今、日本でも医学研究や臨床試験の現場に患者さんや市民が参画するPPI(Patient and Public Involvement)の活動(図参照)が推進されていますが、これに関して海外の先進事例をご紹介したいと思います。
2018年にカナダで開催された世界肺がん学会に参加したとき、欧米の患者団体が主体的に医療に貢献をしている状況を目の当たりにしました。肺がんにはEGFR、ALK、ROS1、 BRAF、MET、EGFRエクソン20、RET、KRAS、NTRKなど、がんの原因となるドライバー遺伝子が複数存在することがわかっており、近年は希少がんの集まりだといわれるようになってきました。この希少な遺伝子変異に対応した患者団体がそれぞれ国境を超えて組織化されており、そのことが治験のスピードを加速していると学会では報告されていました。
例えばEGFR遺伝子変異の一種であるEGFRエクソン20というタイプの遺伝子変異を対象とした治験が行われた際、3年間で29人の治験参加者を集めるのがやっとでしたが、患者団体が協力するようになった現在では数か月で50人を集められるようになったそうです。1つの国で10人程度しか集まらないのであれば、世界中から患者さんを集めればいいと発想を変えて取り組んでいるのです。

 

楠木 それはすごいですね。患者団体はどのように患者さんを集めているのでしょうか。

 

長谷川 患者さんが治験参加者の募集にアプローチしてきたら、マンツーマンで1時間半ほどかけてEGFRエクソン20について説明をするそうです。現時点では遺伝子パネル検査を実施してEGFRエクソン20が見つかっても適応する分子標的薬はなく、免疫チェックポイント阻害剤も効きにくい。このような状況の中、EGFRエクソン20に対する新薬の治験が始まっていますが、あなたは参加しますかという対話を世界中で行い、本人の意思を尊重しながら治験を紹介しています。
肺がんを一括りに考えていた時代は、待っていれば新薬が出てきました。しかし、希少がん扱いとなると待っていても新薬は出てきません。患者数が少ないので、自分が治験に参加して貢献しないと新薬の恩恵も受けられないのです。"マス"としての肺がんから"希少がん"としての肺がんへ。その位置づけが大きく変わる中、患者さんにも価値観の転換が求められています。

 

浜田 「当事者」意識を持って「自分ごと」として治療開発に参画していかなければならないということですね。日本でも同様の取り組みはできるのでしょうか。

 

長谷川 ええ。東アジア人に多いEGFR遺伝子変異の治験参加者を集めるために国を超えて発信できるYouTubeを活用できないかと考えています。韓国、台湾、マレーシア、シンガポールなどアジア各国の肺がん患者さんに届くように翻訳して呼びかけていきたいと思っています。がん遺伝子パネル検査が普及すれば、この課題は肺がんだけでなく全がん種に共通するものになってくるでしょう。

 

図 医学研究・臨床試験における患者・市民参画(PPI)の位置づけ

医学研究・臨床試験における患者・市民参画(PPI)の位置づけ

がんゲノム医療の普及とともに連携や協働が進展する可能性も

黎明期の今、がん種は違っても学び合い、連携できることが増えている

──がんゲノム医療の黎明期にあたる現在は、がん種によって事情はずいぶん異なりますが、ほかの領域から学べることや連携できることもありそうですね。

 

浜田 長谷川さんたちが取り組んでいる日本初の「患者提案型医師主導治験」について私たちもすぐに調べて団体内で共有しました。長谷川さんは肺がんを「希少がんの集まり」と話されていましたが、希少がんであるACCががんゲノム医療のトップランナーである肺がんから学ぶことは多いです。私たちも主体的に治験に参画する活動にチャレンジしていきたいと思います。

 

長谷川 がん患者さんや家族、医療者、製薬企業など関係するステークホルダーが協働し、同じ目的に向かって進んでいくことが理想的な医療の1つの形です。医療制度の課題に関してもステークホルダーが足並みを揃え、要望書や提言書を作成し提出するようなことも検討していきたいと思っています。

 

──がんゲノム医療の普及とともに患者団体や支援者のあり様も変わり、医療提供者や製薬企業など開発者との協働も進展する可能性がありますね。これからの皆さんの活動に大いに期待しています。ありがとうございました。