NTRK Plus ー私のNTRK融合遺伝子検出経験ー
VOL.4 甲状腺乳頭癌(佐賀大学医学部附属病院)

監修
山内 盛泰 先生

山内 盛泰 先生

佐賀大学医学部附属病院
耳鼻咽喉科・頭頸部外科
准教授

首藤 洋行 先生

首藤 洋行 先生

佐賀大学医学部附属病院
耳鼻咽喉科・頭頸部外科
助教

第4号では、佐賀大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科でのNTRK融合遺伝子検出例を紹介する。本施設は佐賀県唯一の大学病院であり、患者・医療人に選ばれる病院を目指して、安全で質の高い医療とケアを実践している。がん診療では2010年に「都道府県がん診療連携拠点病院」に指定され、佐賀県におけるがん医療の中核施設としての役割を果たしてきた。また、本施設は2018年に「がんゲノム医療連携病院」に指定され、がんゲノム医療が提供可能な施設となった。2019年よりCGP検査を開始し、地域の医療機関と連携しながら佐賀県全体のがんゲノム医療の普及に努めている。
今回、本施設 耳鼻咽喉科・頭頸部外科を受診中の甲状腺乳頭癌術後再発 多発肺転移と診断された患者に対して、CGP検査およびエキスパートパネルでの議論の結果、「NTRK融合遺伝子陽性の腫瘍」であることが判明し、ヴァイトラックビ治療が開始された。

目次

佐賀大学医学部附属病院におけるがんゲノム医療

当院で実際に経験したNTRK融合遺伝子陽性症例の検出

佐賀大学医学部附属病院におけるがんゲノム医療

がん治療は、がんゲノム医療の進展により、さらに複雑かつ高度化していくことが予想される。佐賀大学医学部附属病院では、高い専門性と幅広い知識・技能を有するメディカルスタッフによるがんゲノム医療に積極的に取り組んでいる。

  • 所在地:佐賀県佐賀市
  • 病床数:604床(一般580床、精神24床)
  • 診療科:29科(耳鼻咽喉科・頭頸部外科、血液・腫瘍内科、総合診療科、呼吸器外科、呼吸器内科、消化器内科、一般・消化器外科、循環器内科、心臓血管外科、脳神経内科、脳神経外科、小児科など)
当院の基本情報

拠点病院などの指定状況

  • 2010年 3月:都道府県がん診療連携拠点病院に指定
  • 2018年 4月がんゲノム医療連携病院に指定
  • 2019年12月:がんゲノムプロファイリング(CGP)検査を開始

CGP*1検査実施件数

2019年19件、2020年25件、2021年36件

*1:comprehensive genomic profiling

耳鼻咽喉科・頭頸部外科における甲状腺乳頭癌の診療状況とがんゲノム医療

甲状腺乳頭癌患者の例数(年間)2021年19例
甲状腺乳頭癌に対する手術件数(年間)2021年16件
甲状腺乳頭癌患者のうち進行・再発症例数(年間)2021年6例
進行・再発症例のうち薬物治療施行例数(年間)2021年2例
進行・再発症例のうちCGP検査実施例数(年間)2021年1例
甲状腺乳頭癌患者・ご家族のがんゲノム医療に対する認知度低い
医療従事者から説明を受けた後の、甲状腺乳頭癌患者・ご家族のがんゲノム医療に対する積極性高い

がんゲノム医療に関わる部門・診療科と役割分担

がんゲノム診療部門を中心に、各診療科・部門が連携して、一人一人の遺伝子変化に応じた適切な治療をより多くの患者に提供できるよう、がんゲノム医療に積極的に取り組んでいる

がんゲノム医療に関わる部門・診療科と役割分担

*2:京都大学医学部附属病院(成人)、国立成育医療研究センター(小児)

がんゲノム診療部門

  • 専任医師および看護師で構成
  • 円滑にがんゲノム医療を実施できる体制の構築に努めており、エキスパートパネル前にはPre-事前勉強会および院内事前勉強会を開催し、推奨治療の有無や二次的所見・遺伝カウンセリングの適応について各診療科・部門のメンバーと討議を行っている

エキスパートパネル

  • 成人は京都大学医学部附属病院(がんゲノム医療中核拠点病院)で開催
  • 小児は国立成育医療研究センター(がんゲノム医療拠点病院)で開催
  • 通常の参加者:主治医、がんゲノム診療部門専任医師・看護師、がん薬物療法専門医、臨床遺伝専門医、病理部、検査部、薬剤部
  • 検討内容:推奨治療の有無、二次的所見の開示対象遺伝子異常の有無

地域連携

都道府県がん診療連携拠点病院*3として、佐賀県における質の高い医療の提供、地域の医療機関や住民への情報発信、がん専門医の育成などの役割を担っている。また、がんゲノム医療連携病院*3として、地域の医療機関と連携しながら佐賀県全体のがんゲノム医療の普及に努めている。

*3:最新情報はこちらをご参照ください https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/gan/gan_byoin.html

紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

当院で実際に経験したNTRK融合遺伝子陽性症例の検出

甲状腺乳頭癌術後再発 多発肺転移と診断後、CGP検査の結果、「NTRK融合遺伝子陽性の腫瘍」であることが判明し、ヴァイトラックビ治療が開始された症例

  • 症例報告者:山内 盛泰 先生(佐賀大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 准教授)
    首藤 洋行 先生(佐賀大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 助教)
  • 性別、年齢 :男性、60歳代
  • 疾患 :甲状腺乳頭癌(術後再発 多発肺転移)(20XX年12月時点)
  • 合併症 :なし
  • 主訴 :なし
  • 家族歴 :父 肝臓癌、父の弟① 胃癌 40歳、弟② 肝臓癌 71歳、弟③癌(詳細不明)75歳

現病歴

  • 20XX-17年 :甲状腺左葉・峡部切除、傍気管郭清を施行、左甲状腺乳頭癌pT3N1aと診断
  • 20XX-14年 :右頸部リンパ節転移再発に対し甲状腺右葉切除、右頸部リンパ節郭清を施行
  • 20XX-12年 :肺転移を認め、放射性ヨウ素内用療法を施行(計6回) 20XX-7年:肺転移の増悪を認め、PDと判断
  • 20XX-6年 :チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)を開始
  • 20XX-5年 :TKIを減量
  • 20XX-1年11月中旬 :蛋白尿(Grade 3)発現のためTKIを中止、標準治療終了見込みのためCGP検査を検討

CGP検査提案~ヴァイトラックビ治療開始まで

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CGP検査提案~ヴァイトラックビ治療開始まで

*1:800mg/日(20XX-1年12月中旬~ 20XX年1月上旬)
*2:600mg/日(20XX年1月中旬~ 5月下旬)

甲状腺乳頭癌におけるCGP検査の重要性

  • 甲状腺乳頭癌は、CGP検査により治療薬につながる可能性が高いため、積極的にCGP検査を実施すべき
    甲状腺乳頭癌に対して保険診療で使用可能な薬剤の治療標的となる遺伝子変化は、RET融合遺伝子およびNTRK融合遺伝子の2種類あり、その発生頻度はいずれも10%前後
  • 安全性プロファイルが異なる薬剤選択が可能
    副作用により標準治療を断念せざるを得なかった患者に対して、CGP検査により新たなドライバー遺伝子が検出された場合、安全性プロファイルが異なるヴァイトラックビなどの分子標的治療を実施できる可能性があるため、あらためて治療の可能性を検討する意義は大きい
遺伝子変化甲状腺乳頭癌における発生頻度1)
RET/PTC融合遺伝子13~43%
NTRK融合遺伝子5~13%

1)Kondo T, et al. Nat Rev Cancer. 2006; 6: 292-306.

甲状腺乳頭癌におけるCGP検査の重要性

甲状腺乳頭癌においてCGP検査を検討する目的・対象・タイミング

甲状腺乳頭癌においてCGP検査を検討する目的・対象・タイミング
甲状腺乳頭癌においてCGP検査を検討する目的・対象・タイミング

初回治療時から経過観察中まで、常にCGP検査を念頭に置いて診療にあたることが重要

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主治医は、初回治療である手術後の検体の適切な取り扱いや、再発が疑われた場合に、どのタイミングで、どの検体でCGP検査を行うかを考えながら治療方針を決定する役割を担っている

CGP検査の提案・同意取得のポイント

  • 強く期待させすぎない
  • 治療標的となる遺伝子変化が検出される割合は1割程度
  • CGP検査の結果、保険外診療の治療選択肢しかなかった場合、治療費の問題で患者・家族間にトラブルが生じる可能性がある
  • 納得してCGP検査を受けられるよう、わかりやすく伝える工夫が大切
  • CGP検査に関する説明時は、わかりやすい言葉を用いたり、患者向け冊子などを活用する
  • 納得してCGP検査を受けることは、その後の治療に対する積極性向上にもつながる

ヴァイトラックビ治療

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ヴァイトラックビ治療

*3:副作用発現に伴い、5日間内服・2日間休薬 *4:副作用発現に伴い、2週間内服・1週間休薬 *5:ヴァイトラックビ投与開始前より発現

ヴァイトラックビ投与開始時
(20XX年6月上旬)

ヴァイトラックビ投与開始時 (20XX年6月上旬)

ヴァイトラックビ投与7ヵ月後
(20XX年12月下旬)

ヴァイトラックビ投与7ヵ月後 (20XX年12月下旬)

ヴァイトラックビの選択理由、治療のポイント

  • ヴァイトラックビを選択した理由は、「TRK選択性」
  • 副作用がみられる場合は、「休薬」と「減量」が治療継続のポイント
  • Grade 2までの副作用発現時は、まずは休薬を考慮する
  • 副作用改善後に再開する場合は、休薬前の用法及び用量で再開する
  • 再開後に再び副作用がみられる場合は、その時点で1段階減量を検討する

今回ご紹介した症例は、甲状腺乳頭癌術後再発 多発肺転移と診断され、耳鼻咽喉科・頭頸部外科を受診中の患者である 
CGP検査の結果、「NTRK融合遺伝子陽性の腫瘍」であったことが判明し、ヴァイトラックビによる治療が開始された

  • 患者はがんゲノム医療のことを知らなかったが、CGP検査を受けることに前向きであった
  • CGP検査の実施により、甲状腺乳頭癌に対する標準治療薬と安全性プロファイルが異なるヴァイトラックビを選択可能となった
  • CT画像上、ヴァイトラックビ投与3ヵ月後に36%、5ヵ月後に50%、7ヵ月後に57%の腫瘍縮小を認め、左胸水減少も確認された
  • 20XX年12月現在は、副作用に応じて休薬をしながら、150mg/日でヴァイトラックビ治療を継続中である

甲状腺乳頭癌では、「CGP検査ががん遺伝子パネル検査の主軸」であり、一次治療開始後の最初の治療効果判定時にCGP検査を実施する重要性を教えてくれる症例であった

甲状腺乳頭癌におけるがん遺伝子パネル検査は、一次治療開始後のCGP検査が主軸

  • まずは検体採取を行い、検体量を確認する
  • 検体採取が困難な場合、過去の検体を用いることを第一に考えるが、経過年数も確認し、可能な限り3年以内のものを用いる*1
  • CGP検査の結果に基づくエキスパートパネルによる推奨があれば、オンコマイン Dx Target Test マルチ CDx システム(オンコマインDxTT)*2の実施にかかわらず、RET阻害薬の投与も可能であるため1)、検体量が少ない場合、検査が実施できるのは1回だけの可能性もあり、網羅的に検索できるCGP検査の実施を優先することも考えられる

CGP検査へ提出する分以上に十分な検体量がある場合は、一次治療開始前にオンコマインDxTT*3を実施

  • CDxとCGP検査はそれぞれ利点があるが、がん遺伝子パネル検査の種類によっては、検出できるバリアントに違いがあることから、場合によっては薬剤に到達していない可能性があり、CDxを実施した後においてもCGP検査を実施する意義はあると考えられる
CGP検査へ提出する分以上に十分な検体量がある場合は、一次治療開始前にオンコマインDxTT*3を実施

山内先生

首藤先生

*1:検査に用いる検体は、採取されてからの経過時間が3年以内で、可能であれば治療耐性化後の検体が望ましい
*2:甲状腺癌ではRET融合遺伝子、甲状腺髄様癌ではRET遺伝子変異を検出するコンパニオン診断システムとして承認されている
*3:オンコマインDxTTでコンパニオン診断以外の遺伝子は研究目的の使用であり、コンパニオン診断目的では使用できない

1)厚生労働省健康局がん・疾病対策課等. 遺伝子パネル検査の保険適用に係る留意点について(令和元年5月31日)
https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kyushu/iryo_shido/000099167.pdf(2023年2月閲覧)

ヴァイトラックビのTRKA/B/Cに対する結合親和性・選択性

  • ・結合親和性1) :細胞解析でIC50=5.3 ~11.5nM(in vitro
  • ・選択性2,3) :他の227種類のキナーゼと比較して100倍以上の選択性(in vitro)

1)バイエル薬品社内資料[TRKA、TRKB及びTRKCに対する結合親和性](承認時評価資料)
2)バイエル薬品社内資料[種々のキナーゼに対する作用](承認時評価資料)
3)Vaishnavi A, et al. Nat Med. 2013; 19: 1469-72.

ヴァイトラックビ電子添文[2022年11月改訂(第8版)]

6. 用法及び用量

通常、成人にはラロトレクチニブとして1回100mgを1日2回経口投与する。なお、患者の状態により適宜減量する。
通常、小児にはラロトレクチニブとして1回100mg/m2(体表面積)を1日2回経口投与する。ただし、1回100mgを超えないこと。なお、患者の状態により適宜減量する。