NTRK Plus ー私のNTRK融合遺伝子検出経験ー
VOL.6 頭頸部肉腫(がん研究会有明病院)
VOL.6 頭頸部肉腫(がん研究会有明病院)
髙橋 俊二 先生
公益財団法人がん研究会有明病院
顧問・ゲノム診療部長・
総合腫瘍科部長
深田 一平 先生
公益財団法人がん研究会有明病院
ゲノム診療部副部長
仲野 兼司 先生
公益財団法人がん研究会有明病院
総合腫瘍科副医長
第6号では、がん研究会有明病院 総合腫瘍科でのNTRK融合遺伝子検出例を紹介する。本施設は日本で最初にできたがん専門病院として、がんの診断・治療・予防に貢献するとともに、生命科学の先端の開拓に取り組んできた。2008年には「都道府県がん診療連携拠点病院」に指定され、東京都における全人的な質の高いがん医療推進及び支援を行ってきた。また、本施設は2019年に「がんゲノム医療拠点病院*」に指定され、がんゲノム医療が提供可能な施設となった。同年よりCGP検査を、翌2020年よりエキスパートパネルを開始した後、2023年には「がんゲノム医療中核拠点病院*」に指定され、がんゲノム医療の中核としての役割を果たしている。
今回、本施設総合腫瘍科を受診中の頭頸部原発軟部肉腫と診断された患者に対して、CGP検査およびエキスパートパネルでの議論の結果、「NTRK融合遺伝子陽性の腫瘍」であることが判明し、ヴァイトラックビ治療が開始された。
がん研究会有明病院におけるがんゲノム医療
がん治療は、がんゲノム医療の進展により、さらに複雑かつ高度化していくことが予想される。がん研究会有明病院では、高い専門性と幅広い知識・技能を有するメディカルスタッフによるがんゲノム医療に積極的に取り組んでいる。
当院の基本情報
- 所在地: 東京都江東区
- 病床数: 686床(一般651床、ICU10床、緩和25床)
- 診療科: 総合腫瘍科、頭頸科、サルコーマセンター、整形外科、血液腫瘍科、脳腫瘍外科、皮膚腫瘍科、呼吸器外科、呼吸器内科、消化器外科、消化器内科、乳腺外科、乳腺内科、婦人科、泌尿器科 など
当院のがんゲノム医療体制
拠点病院などの指定状況
- 2008年2月 :都道府県がん診療連携拠点病院に指定
- 2019年9月 :がんゲノム医療拠点病院に指定
- 2019年11月 :がんゲノムプロファイリング(CGP*1)検査を開始
- 2020年1月:エキスパートパネルを開始
- 2023年3月 :がんゲノム医療中核拠点病院に指定
*1:comprehensive genomic profiling
エキスパートパネル検討件数(Total)
2021年367件、2022年411件、2023年482件
総合腫瘍科における肉腫の診療状況とがんゲノム医療
肉腫患者の例数(年間) | 2021年253例(全国がん登録症例数) |
肉腫に対する手術件数(年間) | 2022年度229例(整形外科実績) |
肉腫患者の進行・再発症例数(年間) | 2023年60例 |
進行・再発症例のうち薬物治療施行例数(年間) | 2023年40例 |
肉腫患者におけるCGP 検査実施例数(年間) | 2023年59例 |
CGP 検査実施例のうち進行・再発症例数(年間) | 2023年9例 |
肉腫患者のがんゲノム医療に対する認知度 | 約1割 |
医療従事者から説明を受けた後の、肉腫患者のがんゲノム医療に対する積極性 | 若年例で積極的 |
がんゲノム医療に関わる部門・診療科と役割分担
ゲノム診療部を中心に、各診療科・部門が連携して、ゲノム情報をもとに適切と思われる治療薬を患者に提示するとともに、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の全ゲノム解析研究を主導的に行うなど、がんゲノム医療を積極的に推進している
*2:治療効果や副作用を予測し、患者に最適で最も有効な治療法を選択できるシステムの確立
TR:translational research R-TR:reverse-TR
ゲノム診療部
- 各診療科・部門医師、がんゲノム医療コーディネーター、エキスパートパネル事務局、データマネージャー、治験コーディネーターで構成
- 院内外の患者のがん遺伝子パネル検査・エキスパートパネルを実施し、得られたゲノム情報をもとに適切と思われる治療薬を患者に提示している
エキスパートパネル
- 自施設(がん研究会有明病院)で開催
- 通常の参加者:腫瘍内科医、がん病理専門医、臨床遺伝専門医、遺伝カウンセラー、ゲノム解析専門家、主治医 など
- 検討内容:遺伝子変異に対する生物学的意義付け、推奨治療の有無、診断や予後に関するエビデンスの解釈、二次的所見を認める場合(疑いを含む)の意義付け・対応 など
地域連携
- 都道府県がん診療連携拠点病院*3として、東京都における全人的な質の高いがん医療推進及び支援のため、専門的ながん医療の提供、がん診療の地域連携協力体制の構築、がん患者・家族に対する相談支援及び情報提供などを行っている
- がんゲノム医療中核拠点病院*3として、がんゲノム医療連携病院と定期的な打ち合わせや勉強会・研修会を実施するなど、がんゲノム医療のさらなる進展に貢献
紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。
当院で実際に経験したNTRK融合遺伝子陽性症例の検出
頭頸部原発軟部肉腫と診断後、CGP検査の結果、「NTRK融合遺伝子陽性の腫瘍」であることが判明し、ヴァイトラックビ治療が開始された症例
症例報告者:仲野 兼司 先生(公益財団法人がん研究会有明病院 総合腫瘍科副医長)
患者背景
- 性別、年齢 :女性、30歳代
- 疾患 :頭頸部原発軟部肉腫
- 主訴 :上顎部~歯肉の急速な腫脹
- 特記事項 :上歯肉腫瘍の急速な増大に伴う開口障害
現病歴
20XX-1年12月中旬:
他院歯科・口腔外科にて「NTRK融合遺伝子陽性の腫瘍」の疑い
- 病理診断:NTRK-rearranged spindle cell neoplasm疑い
- FISH法:NTRK融合遺伝子を確認
精密検査・加療目的で当院頭頸科を紹介受診
生検を実施、頭頸部原発軟部肉腫の診断に至ったが手術は困難と判断、当院総合腫瘍科を紹介受診
- 手術困難の理由:手術により顔面に大きな欠損を生じることが想定され、若年女性であることからも、顔面機能喪失やアピアランスへの影響が大きいと考えた
当院頭頸科初診時(20XX-1年12月中旬)
水平断
冠状断
症例経過
CGP検査検討~ヴァイトラックビ治療開始まで
画像を横にスクロールして全体像をご覧いただけます。
CGP検査の目的・対象・タイミング
「組織型より想定される治療到達可能性」と「コスト」のバランスを考慮し、
CGP検査の実施要否を判断
目的
標的治療が必要な患者を抽出し、その治療を提供すること
対象
進行・再発例
- 未分化多形肉腫は積極的にCGP検査を検討する組織型の一つ
- その他の肉腫においても急速な病勢進行を認めた場合は、再病理診断後にCGP検査の実施要否をあらためて検討
タイミング
救援化学療法中
- 事前に収集した情報から治療到達可能性が高いと想定される場合は、一次治療のドキソルビシンベースの治療終了見込みまたは終了後すぐに、CGP検査を出検することを提案
CGP検査における多職種連携
- 他診療科・外科との連携により、スムーズなCGP検査の実施に努める
- CGP検査の実施を視野に入れ、生検に際し、十分量の組織採取を外科医へ依頼(複数病変を有する場合は、必要に応じて希望採取部位なども伝達)
- 肉腫は病変部位が多岐にわたるため他診療科・外科との連携が必須であり、根治的切除や再建の可能性などについて確認の上、薬物治療の方針を決定することが重要
- 病理部との連携により、患者の分子標的治療の機会損失を回避
- 病理部の評価が、CGP 検査実施の後押しとなるケースもある
- CGP検査の出検前に病理部による検体評価のステップを挟むことで、検体不良による検査実施困難または正確な検査結果が得られないリスクを回避
多職種と密な連携をとることで、CGP検査を成功に導くことが重要
ヴァイトラックビ治療
ヴァイトラックビ投与開始時
(20XX年2月上旬)
水平断
冠状断
ヴァイトラックビ投与1年2ヵ月後
(20XX+1年4月上旬)
水平断
冠状断
ヴァイトラックビの選択理由・治療のポイント
- ヴァイトラックビ治療の選択理由は、①TRK選択性 ②臨床成績 ③「内用液」も選択可能
- 臨床試験の結果のうち、奏効率がヴァイトラックビ選択の理由の一つ
- ヴァイトラックビは、患者状態に応じて剤形を選択可能な点がメリットの一つ
- 頭頸部肉腫では、嚥下機能障害などが生じるケースもあることを考慮すると、内用液を選択可能な治療薬は有用
- ヴァイトラックビ治療中/治療後の妊娠・出産に関しては、今後の検討課題
- 本症例は、CGP検査を実施したことによりヴァイトラックビ治療につながり、予後の問題だけでなく、将来的な妊娠・出産のことまで考えられるようになった
- ヴァイトラックビ治療中または治療後の妊娠・出産に関する臨床試験データは十分でないため、前臨床試験のデータや他癌腫でのデータ等を収集して備えておく必要がある
ヴァイトラックビの剤形(カプセル、内用液)
まとめ
今回ご紹介した症例は、頭頸部原発軟部肉腫と診断され、総合腫瘍科を受診中の患者である
CGP検査の結果、「NTRK融合遺伝子陽性の腫瘍」であることが判明し、ヴァイトラックビによる治療が開始された
- 前医病理診断でNTRK融合遺伝子陽性が確認されていた背景もあったため、患者はCGP検査を受けることに積極的であり、治療に至るための手段として早期実施を望まれた
- CGP検査の実施により、効果を期待できる治療薬として、ヴァイトラックビを選択可能となった
- ヴァイトラックビ投与2週間後に目視で、2ヵ月後にCT画像上で腫瘍縮小が確認され、当院初診時にみられた顔の左右差もほぼ消失した
- ヴァイトラックビ治療中に認められた副作用(悪心、貧血、AST/ALT上昇)はいずれも改善しており、 20XX+1年4月現在も減量・休薬することなく治療継続中である
- 患者は口腔内病変に伴う嚥下機能障害が生じていたため、カプセルの飲み込みが困難な場合に内用液を選択可能な点でも、ヴァイトラックビは患者にとって有用な選択肢であった
肉腫診療において、「必要な患者におけるCGP検査の実施タイミングや、検査結果に基づいた治療提供の可能性を逃してはいけない」と強く意識するきっかけになった症例であった
肉腫におけるCGP検査の重要性・ポイント
CGP検査による治療到達率は高くないが、治療につながった患者への恩恵は非常に大きい
- 肉腫は組織型が多様なため、分子生物学的評価に基づく詳細な組織型に応じて、適切な治療提供を行うために、CGP検査は有用なツール
- 肉腫の病理診断は、熟練の専門医であっても困難なケースもあるが、治療につなげることを目的に行うCGP検査の結果から、最新のWHO分類に基づく細分化された診断も可能になる
- CGP検査の実施により、患者にどの程度のベネフィットをもたらせるかを常に考えながら、日常診療にあたることが求められる
必要な患者に、必要なタイミングでCGP検査を提案・実施し、治療提供の可能性を逃さないことが重要
- CGP検査の提案・実施に先立ち、組織型を予測するとともに、その組織型に応じた分子標的治療の有無や開発状況などに関する情報を収集し、治療到達可能性を検討することが重要なポイント
- 治療到達可能性が高い場合には、一次治療のドキソルビシンベースの治療終了見込みもしくは終了後すぐに、CGP検査を出検することを提案
- CGP検査の結果が出るまでの時間を考慮し、「CGP検査による治療到達可能性」と「患者の予後予測」の兼ね合いを見極めることも必要
仲野先生
参考
検査の違いによるNTRK融合遺伝子検出の違い
今後、RNAシークエンスも可能なCGP検査が有用となる可能性も考えられる
- Breakpointにより、NTRK融合遺伝子を有していてもDNAシークエンスを用いたCGP検査で検出困難なケースもあり得る
- Breakpointのカバー率はCGP検査により異なる
本邦で実施可能ながん遺伝子パネル検査(2024年9月時点)
下記各種検査において、ヴァイトラックビのコンパニオン診断(CDx)はFoundationOne®CDx がんゲノムプロファイルである*1
機能 | 検査名 | 検体 | シークエンス対象 | 融合遺伝子 検出方法 |
NTRK融合遺伝子を検出する対象領域 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
塩基置換 挿入 欠失等 |
融合遺伝子 | ||||||
CGP | GenMineTOP® がんゲノム プロファイリングシステム |
腫瘍組織 +血液*4 |
DNA (737遺伝子) |
RNA (455遺伝子) |
Junction Capture法 |
NTRK1, NTRK2, NTRK3, ETV6 いずれも検出領域は不明 |
|
CGP CDx |
FoundationOne® CDx がんゲノム プロファイル |
腫瘍組織 | DNA (309遺伝子) |
DNA (36遺伝子) |
ハイブリッド キャプチャー法 |
NTRK1 introns 8-11 NTRK2 intron 12 ETV6 introns 5,6 |
|
CGP CDx*2 |
OncoGuide™ NCCオンコパネル システム |
腫瘍組織 +血液*4 |
DNA (124遺伝子) |
DNA (13遺伝子) |
ハイブリッド キャプチャー法 |
NTRK1, NTRK2, NTRK3 いずれも検出領域は不明 |
|
CGP CDx*3 |
FoundationOne® Liquid CDx がんゲノム プロファイル |
血液 | DNA (309遺伝子) |
DNA (36遺伝子) |
ハイブリッド キャプチャー法 |
NTRK1 introns 8-11 NTRK2 intron 12 ETV6 introns 5,6 |
高感度で検出する領域 NTRK1 exons 14,15 NTRK3 exons 16,17 |
CGP CDx*2 |
Guardant360® CDx がん遺伝子パネル |
血液 | DNA (74遺伝子) |
DNA (6遺伝子) |
ハイブリッド キャプチャー法 |
NTRK1 検出領域は不明 |
*1:CDxとして実施する場合、検査費用と保険償還の差額に注意が必要
*2:NTRK融合遺伝子を検出するCDxとしての適応(薬事承認)はない
*3:NTRK融合遺伝子を検出するCDxとしての適応(薬事承認)は、エヌトレクチニブのみ(ヴァイトラックビはなし)
*4:マッチドペア解析(OncoGuide™NCCオンコパネル システム)もしくはペア解析(GenMineTOP®がんゲノムプロファイリングシステム)を行うため血液検体を提出する
FoundationOne®CDx がんゲノムプロファイル 電子添文 2024年6月改訂(第23版)
FoundationOne®Liquid CDx がんゲノムプロファイル 電子添文 2024年5月改訂(第6版)
OncoGuide™NCCオンコパネル システム 電子添文 2023年5月改訂(第5版)
Guardant360 CDx がん遺伝子パネル 電子添文2024年9月改訂(第6版)
GenMineTOP がんゲノムプロファイリングシステム 電子添文 2023年6月改訂(第2版)
角南 久仁子ほか. がんゲノム医療遺伝子パネル検査実践ガイド. 医学書院, 2020.
コニカミノルタREALM GenMineTOP®がんゲノムプロファイリングシステム 製品の特徴
https://www.konicaminolta.com/jp-ja/realm/genminetop/spec/index.html#sec-02( 2024年9月閲覧)
ヴァイトラックビ電子添文[2024年4月改訂(第9版)]
- 9.4 生殖能を有する者: 妊娠可能な女性には、本剤投与中及び投与終了後一定期間は適切な避妊を行うよう指導すること。[9.5 参照]
- 9.5 妊婦: 妊婦又は妊娠している可能性のある女性には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。NTRK1、NTRK2 及びNTRK3遺伝子をそれぞれ欠損したノックアウトマウスでは、神経系の異常により生後早期に死亡することが報告されており、本剤の作用機序から、本剤が投与された場合、胎児へ有害な影響を及ぼす可能性がある1)-3) 。[9.4 参照]
-
1)Smeyne RJ, et al.: Nature. 1994; 368: 246-249
2)Klein R, et al.: Cell. 1993; 75: 113-122
3)Klein R, et al.: Nature. 1994; 368: 249-251